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これまでの事、これからの事

ASDな大学生の過去と日常の記録

これまでの事(1) 

皆さまこんにちは、Miuです。

九州も日に日に冬へと近づいています。

日も短いですし、この時期は不安になりやすいです…

 

さて、このブログのタイトルにもあるように、これまでの自分の過去を1度振り返ってみたいと思います。

(これだけでも相当な量になりそうですが)

 

自分の過去は大きくこんな感じに分けられます。

 

・幼少期~小学3年生

・小学4年生~中学3年生

・高校入学(1度目)~定時制高校再受験までの引きこもり期間

定時制高校入学~卒業・大学入学式当日まで

・大学入学式で感じた違和感~「大学不登校」へ

・2回目の引きこもり~障害告知・復学

 

そして現在、24歳で大学2年生です。

(大学内でもこの事は秘密にしています)

 

ひとまず【幼少期~小学生3年生】までを振り返りたいと思います。

 

自分は九州の片田舎で生まれましたが、生まれてすぐに都市部へ引っ越しました。

ちなみに母によれば、喋るのが遅かったとの事です。

その後カトリック系の幼稚園に入園。(自分はカトリックではないですが…)

当時はかなり多動が強く出ていたらしく、園の方にも迷惑をかけていたようです。

この頃には既にADHDの診断が下りていたようで、定期的に隣街の国立病院まで通院していました。

 

自分で記憶に残っているのは年長の時のちょうど今頃、クリスマスの劇の主役をやった事くらいです。

カトリック系の幼稚園らしく普通の幼稚園と違いただ歌ってケーキを食べて終わり、ではなく聖書に則ったような劇をした記憶があります。

確か「キリスト生誕」の劇でかなり重要な役だったと思います。

詳しくは聖書の方でお確かめ下さいませ。

 

あまり記憶には無いですが当時は園の先生も驚くほどしっかりしていた様で…

ちょうどその頃が弟が生まれるとかで、「お兄ちゃんになるからしっかりしなきゃ」とまで言っていたようです。

その頃には多動も収まっていたようで小学校は普通の市立になりました。

※当時、国立大学付属の小中学校がありましたが、試験+抽選制?だったので

 

小学校1年では担任教師がかなり高圧的で、しかもクラスにガキ大将?っぽいのがいて、色々された記憶があります。
鉛筆で手の甲刺されたり、髪の毛を引っ張られたりとかだったと思う。それも自分以外にも。
でも担任は「彼は施設(児童養護施設だと思います)の出身のかわいそうな子だから文句言うな(意訳)」と全く取り合ってもらえませんでした…

 

小学校2年生の頃については、すいません、ほとんど記憶に無いです。

ただ、そろばんの授業があって、それが苦手だったのは覚えています。

 

小学3年生の時に初めて「自分が人と違う」と感じ始めました。

また当時はADHDの方が強く出ていた為、リタリンの服用をこの頃から始めました。

(後にリタリン処方中止でコンサータに処方切り替え)

ある日の下校時に不良っぽい児童に色々言われたり、後ろから蹴られたりしてからしばらくは登校拒否気味でした。

 

今思えば人間不信に陥っていたのかもしれません。
それでも当時は休み時間に話をするくらいの友達はいました。
もしかすると上辺だけだったかもしれませんが

 

また、確かこの時期に県の教育センターで「グループセラピー」なるものをやってて、それに参加していました。

一体どんな事をして、どんな効果があったのか、全く覚えていませんが、その時の職員にとても可愛がられ、その方とは今でも交友があります。

 

 

ここまでが一区切りになると思います。

この後父の仕事の都合で生まれ故郷へと戻ることになるのですがそれについてはまた次回という事で。

 

 

滅茶苦茶な文章ですがここまで読んで頂き、ありがとうございます。

 

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はじめまして

はじめまして。

今日からブログの方も始めさせていただきます。

大学2年生のMiuです。

Twitterでは書けないような、昔の事や長くなりそうな話、大学の話など色々書いていきたいと思います。

また趣味の話なども出来たらいいなと思ってます。

 

初めましての方もいると思うので簡単な自己紹介を

 

【名 前】Miu(Twitterもこの名前でやってます)

【年 齢】24歳ですがまだ大学2年生…

【性 別】男ですが、同性は苦手です

【出身地】九州

【病 歴】自閉症スペクトラム障害(ASD)、強迫性障害、不安神経症など

【趣 味】アニメや鉄道など…

 

このブログを通して、発達障害者の「リアルな声」を発信したいと思っています。

 

それでは。